

プロの写真家の方との接点というと、いろいろ思い出し見ると奥様とのツーショットをポラロイドで撮ってくれたアラーキーこと荒木さんと、ちょっとだけ挨拶したことのある森村さんと、ほとんど一瞬の出会いしかなく。
それより長いというと唯一学生時代、いわゆる有名カメラマンではないけれど父親の画廊で作品を撮っていただいていた内田さんという方にアルバイトで二日だけ撮影助手をさせてもらったことがあるくらい。ちなみにもう20数年前の話ですけどね。バイト終わりにお宅に招いていただいてご馳走になり、飼い犬のミニチュアシュナイダーを初めて見て、こんなかっこいい犬がいるんだ、と感じたのをいまだに覚えています。
ま、それはそれとして。
とにかく今知ってる写真家の方は皆無なので基本、情報はネット任せではあります。
で色々検索してみたら、ほぼ日に菅原一剛さんという写真家の方が連載していたので読んでみました。面白かったです。もっとテクニカルなことを書かれているのかと思いましたけど、そこはほぼ日のっチョイスされた方、フツーとは違いますね。
ちょっと感動しました。
が、読み進めていくうちに、賛同できることばかりだったのですが、でも、考え方の考え方、を覚えると型に嵌りそうな感覚を持ったのも事実です。教室の一番後ろで机に足上げてるようなタイプではないですが、っていうかもう40過ぎたし、ま、それはいいか、とにかく、(30を超える)全連載をすべて理解しようとするのはやめました。斜め読み程度で。一つだけ大切と思われることを上げるとしたら、やはり考える(感じる)こと、ですね。
もう、これは写真とか超越したものですけど。
出来るならこういう方と会って話してみたいなぁ、と思います。フツーの話しをしてもきっと得るところがあるような気がしてなりません。
やっぱなんか作り出す人っていうのはスゴイですね。
ちなみに上の写真。
休日の朝の寝起き、奥様はまだ軽やかにイビキをかいていて。ベットからクローゼットの取っ手に掛っている彼女のセーターを何の気なしに見ていて。今までなんども見た光景なんですけど、この感覚を写真で閉じ込めたいなぁ、と思い。カメラを持ってきて、なんどもその場の雰囲気を感じながら何枚も撮って。結局撮れたものを観てみてほとんどイメージしたものは撮れなかったんですが、強いていえばこれかな、というのが上の2枚です。どちらも元は同じで一枚は白黒に仕上げました。
んー、どうみても普通の写真だ。
どんな思い入れがあってもアウトプットしてみてらフツーなんだもんなぁ。被写体が人とかだと被写体が表してくれる物語性みたいなのがありますが、こういうフツーのものを相手にするととたんにセンスのなさを痛感しますね。
しかし、こういうのってなんか音楽やってたころの感じを思い出しますねぇ。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿